国立国際医療センター 研究所
Research Institute, International Medical Center of Japan

メタボリックシンドローム情報


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 当遺伝子診断治療開発研究部が取り組む疾患群のなかで一つの軸をなすのが、メタボリックシンドロームであり、その概念と疫学的情報について以下に記述する。個別の病態と管理、および看護に関する情報は、別途、書籍〈『1. メタボリックシンドロームの予防と看護(仮題)』、監修/近藤達也(国立国際医療センター病院長)・山西文子(同センター前看護部長)、責任編集/加藤規弘(同センター研究所部長)、発行/㈱メヂカルフレンド社、刊行期日:2007年7月~9月〉等でも逐次提供していく予定である。

I. メタボリックシンドロームの概念

1. 提唱された背景と一般的概念

1)「心血管病」の予防対策の重要性
  我が国のみならず、世界的にみても「心血管病」の予防対策が重要視されつつある。とりわけ生命予後という観点から主要なターゲットとなるのは、粥状動脈硬化症をベースとした虚血性心疾患や脳血管障害など(以下、心血管系疾患と記載)である。これら動脈硬化性疾患の危険因子(リス クファクター)の中でも、特に、高脂血症、境界型を含む糖尿病、高血圧、喫煙が、4大危険因子と位置づけられてきた。
 メタボリックシンドロームの概念は、個々の危険因子がさほど重症でない場合でも、重積することにより心血管系疾患の発症リスクが顕著に高くなるという疫学的な知見、従って、これら複合型危険因子の保有者を特異的に選別し、かつ(個別因子単位でなく)総合的に管理することが効率的・効果的な「心血管病」の予防対策として不可欠との考え方に基づくものである。


2)コレステロールとは独立した危険因子
  この概念が提唱された背景には‘Beyond Cholesterol‘の考え方が存在する。従来、数多くの危険因子が見出され、そのうちのいくつかに関しては、治療による心血管系疾患の発症予防効果が大規模臨床研究において示されてきた。なかでも、最も主要な危険因子として取り組まれてきたのが高コレステロール(LDL)血症対策である。
 LDLおよび酸化LDLが動脈硬化を惹起する機序は分子レベルで詳しく調べられ、HMG-CoAレダクターゼ阻害薬(スタチン)の開発によって安全かつ確実な治療法も確立されてきた。しかし、LDLの低下により得られる心血管系疾患のイベント抑制効果は30〜40%止まりであり、それ以外のリスク病態への取り組みがいろいろと模索されるなか、1980年代後半から注目されてきたのが、一個人に複数の危険因子が集積した状態、「マルチブルリスクファクター症候群」という病態である。同症候群がメタボリックシンドロームの概念へと展開することとなるが(前者は‘危険因子の重複の意義’を重視し、後者は偶発的でなく‘共通の病態基盤をもつ危険因子の重複’を重視する立場)、20年余の間、臨床的見地より議論されてきた。その主軸を成すのが、インスリン抵抗性と肥満(特に腹部肥満)である。


3)「マルチブルリスクファクター症候群」の提唱
 詳細は別紙に譲るが、「マルチブルリスクファクター症候群」として、これまでに4つの名称と部分的に異なる病態(定義)が提唱されてきた。大まかには、Reavenらの「シンドロームX(あるいはmetabolic syndrome Xと呼ばれ、これが後のメタボリックシンドロームの名前の由来となる)」とDefronzoらの「インスリン抵抗性症候群」は、ともにインスリン抵抗性の役割を強調し、一方、Kaplanらの「死の四重奏(deadly quartet)」と松澤らの「内蔵脂肪症候群」は、上半身肥満ないし腹部肥満(内蔵脂肪蓄積)の病的意義を強調しているように見える。インスリン抵抗性の結果として高インスリン血症が生じ、これが(2型)糖尿病の発症に関わるだけでなく、脂質代謝異常や高血圧をも引き起こすという成因的関連が先ず認識されてきた。そしてインスリン抵抗性は肥満をベースとして惹起され、それがさらに危険因子の増悪を促すという考え方も、動脈硬化における脂肪細胞の役割に関する基盤研究の目覚ましい進展とともに広く支持されるようになってきた。


4)インスリン抵抗性と腹部肥満
 後述する通り、メタボリックシンドロームの診断基準は、これまでにいくつかの組織・団体により示されてきている。最初(1998年)に策定されたWHOの診断基準では、血糖値異常ないしインスリン抵抗性を診断必須項目とし、次 (2001年、改訂版が2004年)に策定されたNational Cholesterol Education Program’s Adults Treatment Panel III (NCEP-ATP III)の診断基準では、空腹時血糖高値、腹部肥満、脂質代謝異常(高中性脂肪、低HDLコレステロール血症)、血圧高値が横並びとなっていた。そして最も新しく(2005年)策定されたInternational Diabetes Federation(IDF)および我が国の診断基準では、腹部肥満を診断必須項目としている。こうした診断基準の変遷の根底にあるのは、インスリン抵抗性の上流に内蔵脂肪蓄積が位置づけられるという考え方である。それが全体からみてどのくらいの割合を占めるかという議論はあるものの、内蔵脂肪の蓄積はなくても、インスリン抵抗性の顕著な人々も存在する。これらの人々は、腹部肥満を必須項目としていない旧基準ではメタボリックシンドロームと診断されるが、最新の基準では外れることとなる。言い換えると、最新版では「マルチブルリスクファクター症候群」の病態よりも対象となる患者群がある程度絞られることになる。


5)現状での定義の解釈と限界
 ‘共通の病態基盤をもつ危険因子の重複’を重視して、メタボリックシンドロームの診断基準が策定されてきた経緯を簡単に述べた。しかし本質的な問題とし て、その「定義」の解釈および限界に留意する必要がある。勿論、シンドロームか、疾病(disease)かという用語解釈上の違いも大きなポイントであるが、現状でのメタボリックシンドロームの診断基準は、あくまで「記述的ないし説明的定義(descriptive definition)」であり、「真の因果関係に基づく定義(real causal definition)」とはいえない。たとえば、診断基準そのものは満たしても、既に成因の判明した病的状態(クッシング病など)で見られる危険因子の重複にまで、果たしてメタボリックシンドロームの「定義」を適用していいか否かは不明である。またシンドロームであれ、疾病であれ、厳密な(正確な)定義は、本来、罹患する者全てを漏れなく診断できることが望ましい。しかし、上述した通り、適用する基準の種類(WHOの基準なのか、IDFの基準なのか)によって診断そのものが変動するという点などに、「説明的定義」としての限界がある。



6)メタボリックシンドロームという‘ラベル付け’
 NCEP-ATP IIIの報告では、メタボリックシンドロームは「複数の、相互に関連した心血管系疾患のリスク増加因子の一群」であり、「体重過多ないし肥満、身体活動性の低下、そして遺伝要因」の3つがその根本的な原因であるとされている。診断基準の網羅性や成因の不均一性に関する議論はあるものの、動脈硬化症の発症・進展を規定する一連の危険因子を、(1)コレステロール(LDL)、(2)メタボリックシンドローム、(3)喫煙・ストレスと大別することで、系統的な理解に役立つ。病態的には2型糖尿病とかなり重複するが、メタボリックシンドロームと診断された人々に対しては、高リスク群として特別に‘ラベル付け’することで個々人の生活習慣改善の動機付けを促し、さらに糖尿病個別でなく疾病横断的な治療(薬物療法を含む)を施していくこととなる。


2. メタボリックシンドロームのかかわる疾患・診療科

 メタボリックシンドロームを構成するのは心血管系疾患のリスク増加因子の一群である。診断基準にリストアップされている通り、腹部肥満を基盤として、高脂血症、糖尿病、高血圧の4つの代謝性障害がその核(コア)を成す。他に、診断項目には挙げられていないが、血栓形成傾向(易血栓性)や高尿酸血症も密接に関連することが知られている。

 メタボリックシンドロームに合併する疾患としては、大きく、予防対策のターゲットである‘血管合併症’と、因果関係は不明であるがしばしば‘重複して見られる病態’との2種類が挙げられる。前者の血管合併症には、主に動脈硬化を基盤とした虚血性心疾患、脳血管障害および腎障害(一部は糖尿病性腎症など)と、易血栓性を基盤とした深部静脈血栓症とが含まれる。一方、後者の、重複して見られる病態としては、生殖機能障害を生ずる多嚢胞性卵巣症候群(polycystic kidney syndrome: PCO)、肥満との関わりの強い睡眠時無呼吸症候群、メタボリックシンドロームの肝臓における表現型とも見なされる非アルコール性脂肪肝炎(NASH)、そして直接の病因的関わりは不明であるが個々の危険因子が促進的に働くと推察される骨粗鬆症などが挙げられる。今後、病態メカニズムや臨床疫学的研究が進めば、合併する疾患(特に‘重複して見られる病態’)の範囲はさらに拡がるであろう。

 個々の患者では、これらの疾患が様々に複合しており、病期によっても多彩な臨床像を示すこととなる。メタボリックシンドロームの発症・進行の予防には不摂生な生活習慣の是正が重要であり、加えて薬物療法やときに外科的治療も必要となる。こうした総合的ケアのためには、関連する多くの診療科(上図参照)の医師、コメディカルの連携が不可欠である。

 主要な危険因子や心血管系疾患に関する説明は別紙に譲るが、合併する疾患の一部についてメタボリックシンドロームとの関わりを簡略に述べる。


(1) 高尿酸血症
 診断基準には直接挙げられていないものの、高尿酸血症はメタボリックシンドロームのコアとなる各危険因子と合併しやすく、一定の病態機序(内蔵脂肪蓄積に伴う尿酸産生の亢進と、インスリン抵抗性による腎臓での尿酸排泄低下)が考えられている。

(2) 腎障害
 WHO基準で診断項目の一つに微量アルブミン尿が挙げられていたことからも、メタボリックシンドロームと腎障害との関わりは早くから注目されてきた。動脈硬化の進展に伴う器質的変化とともに、慢性炎症状態(易炎症性)を基盤とした血管内皮機能障害の関与も想定されている。

(3) 深部静脈血栓症
 メタボリックシンドロームそのものというよりは、そのコアをなす肥満が深部静脈血栓症に関連することは疫学的研究で報告されてきた。しかし、同シンドロームでは血栓形成傾向にあり、診断基準によって定義される病態そのものと深部静脈血栓症との関連については、さらなる検討結果が待たれる。

(4) 多嚢胞性卵巣症候群
 多嚢胞性卵巣症候群の罹患女性におけるメタボリックシンドロームの頻度は、43-47%と報告されており、一般女性でのものより2倍高い。両者は偶発的に共存するのでなく、そのつながりの鍵を成すのが、インスリン抵抗性ではないかと考えられている。

(5) 非アルコール性脂肪肝炎(NASH)
 NASHは内蔵脂肪蓄積型肥満に伴う脂肪肝を特徴とする症候群であり、肝臓におけるメタボリックシンドロームの表現型と目される。NASHの96%の症例では内蔵脂肪面積が100cm2を超え、54.2%の症例がメタボリックシンドロームと判定される。



執筆者(文責): 加藤規弘 (国立国際医療センター 研究所 遺伝子診断治療開発研究部)
 メタボリックシンドロームの疫学 (次ページ)


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